1/21/2016

平等


先日の東浪見駅連続チャリ盗難事件。

どんな事が起きても動じない強いメンタルを鍛える為に日々修行だとか言っても、真夜中の無人駅に降りて、そこにあるはずのチャリが無いくらいで軽くパニックに襲われているようじゃまだまだである。

おそらく通算10回は下らないこの東浪見駅チャリ盗難事件、、、。それもこの度は1カ月に2回目というかなりの短期間だ。

もちろん盗んだ奴が良くないのは当たり前だけど、インドなどを旅するうちに僕はいつしか盗まれる方も同じくらい悪いと思うようになった。

泥棒に盗ませる機会を与えてしまう、つまりバッドなカルマ、業を積ませてしまうこちら側にもかなりの落ち度があると思っている。

だからいつもはチェーンを鉄パイプに引っ掛けて施錠してるのが、この日は何故かタイヤにかけただけだった。10回も盗まれてるとそれが習慣になっているはすが、本当にその日は何故か、鉄パイプにかけなくて大丈夫かなと頭に思いがよぎったにも関わらず、土曜日だし人の出入りもあるだろうしっていう意味不明な理由でかけなかったが最後、見事にパクられた。

東浪見駅は昼間は1時間に1本しか電車が無いので人気が全く無い駅なのだ。



北風が心の中まで吹きすさむ夜中の田んぼ道をテクテク歩きながら、チャリを盗まれる度に必ず思い出される例の事件に思いを馳せながら帰路に着くことなる。そして今後も盗まれる度にその事が思い出されるのであろう。



その事件とは水平器盗難事件のことだ。盗まれたんじゃなくて、僕が万引きしたのだ。ガキの頃、何故か水平器。今やどこのホームセンターだったか記憶にも無いけれど、覚えていれば謝りに行きたい気持ちで一杯だ。

因果の法則。この宇宙を司っている万法なわけだけど、自分のしたことは寸分の狂いなく自分に返って来るということ。

誰であろうと関係ない。過去生とか現世とか来世とか分け隔てなくぶっ続けで当てはまり、これから逃れることはあり得ない。

そういう意味でこの宇宙は全ての人間(にかかわらず全て)に対して平等なのだ。

今の自分の姿は自分の過去の行いが顕現したものだから、どんなに最悪の事態が襲って来ようが不幸のどん底だろうが、人のせいにすることはできない。

つまりそいつに数あるチャリの中から僕のチャリを盗ませたのは、複雑に絡み合った遠い過去からの因縁がそうさせたのだ。

水平器が寸分の狂いなく水平を示すように、カルマの法則によって自分の行いはカタチは変われど、時間がいくら経とうが、必ず自分に返って来る。

そう考えると、チャリを盗んだ奴にもそれ相応の結果が返っていく訳だし、それを思うと申し訳ない気持ちでやるせなくなると同時に、改めてカルマの法則を北風小僧を引き連れて身にしみて体験する機会を与えてくれたことに、終いには感謝の念すら湧いてくる。

ただ最も難しいのが、カルマヨーガの最大のテーマである「見返りを求めない」ということであり、良い事をしたから良い事が返って来るから良い事をしようと思って良い事をしているうちは、まだまだ良い事をしている事にはならない。

その卑しい気持ちが無くて微塵にもそんな事を思わないで勝手に良い事をしていた、というようになって初めて大人の一歩を踏み出したことになるのだ。

まだまだ先は長いですなぁ〜、、、。

あと何回チャリを盗まれことになるのやら、、、。





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1/09/2016

波乗りニヤニヤぷち悟り

“目的を持たずにただやる”という究極のテーマからすると、「〜のため」にが入った時点でかなり矛盾したことになるけれど、波乗りというものは欲望から解き放たれて自由になるためにやっているのではなかったのか、、、。

波に乗っている時に、こうしよう、ああしたいという欲望や意図や思考を持たないというのは不可能に近いけれど、 波とひとつになるためにはそこにフォーカスしなければならない。と僕は思っている。

波と自分との間にある、我や欲がある限り波とはひとつにはなれない。

僕が死ぬまでにそこに到達することが果たしてできるのか分からないけど、果てしなく近づくことはできるはずだ。

今年の正月は例年になく珍しく元旦から波が続いた正月で、朝一と夕暮れ時は無風の面トゥル。毎日朝夕とガッツリ2Rounds。休ませてくれなかった。

2016初日ノ出@東ニ浪ヲ見ル


正月休みのうちに終わらせる予定だったウッドデッキ修復工事は、ヘッポコ親方のヘルプがあったのに見事に終わらず、、、新年早々良くも悪くも自分らしさが出てしまい、やってもうた。

ヘッポコ親方 a.k.a KIBOKO



そして終わらず、、、。


朝飯前に波乗りやって朝ごはん食べて10時。3時には夕方のセッションが始まる。そこに軽くランチが入ったら正味4時間しか作業ができない。言い訳にしかならないけど、何にも勝る優先事項は波乗りだから致し方なし。ということで、、、。

コンペティティブな競争的波乗世界の中でガツガツと波を奪い合う人達とのセッションの中でも、20年目にしてようやく波をつかむ術を少しは身につけた次第ではあるけれど、その様な人達からかなり沢山のことを学ばせてもらっていることにフト気がついた。

そういう競争的波乗世界の中でサーフィンしてると、最初に言った「欲望から解き放たれて自由になる」波乗りではなくて、欲望まみれのサーフィンを目の当たりにすることになる。

テクニックや、いかに人から波を奪って多くの波に乗るか、いかに派手なアクションをするか、いかにいい写真を残すか等々に捉われて、求めれば求めるほど波乗りの本質からどんどん離れていくということすら気がつかない。

ま、そんなこと考えながら波乗りしてる奴なんて、かなりの変態オタクだろうから、こんなことを言う方が気違いなのかもしれない。


元旦から海で親が自分の子供を怒鳴りつけて自分のエゴを押し付けている光景を見て、そのプチ悟りは突如やってきた。

そしてその本当に無垢で、見ているだけで子供っていいなぁって思わせてくれるはずの子供が、周りのサーファーにガン飛ばしてオラオラ波に乗って行く姿を見るのは、悲しみである。

そしてさらにそれを見ている親が誇らしげにしているのを見ると、戸惑いを感じるのは僕だけであろうか、、、。

でも、逆に考えれば、そのおかげで僕は大切な教えを受けているわけで、悲しみと同時に感謝の念が込み上げて来るという、摩訶不思議な感情が沸き起こり、ピリピリしたサーファー達の中で一人でニヤニヤしているところを見られて、またそのピリピリサーファーにコイツ何ニヤけてんだ、という怪訝な顔で僕を横目で睨まれるのを感じて、まさか僕がこんな事を考えてるなんて微塵にも思わないんだろうなぁ、と思い、さらなるニヤニヤの境地に突入してしまうのである。

それに加え、自分でこんなこと言うのはおこがましいにも程があるのは承知の上で、、、波というのは欲が無いピュアなところに来るというのが段々分かってきた。

これは僕の体験でしかないかもしれないけれど、波に乗りたいという気持ちが強すぎるとかえって波は来ない。力が抜けてリラックスしている時は波周りが格段と良くなるというのは実証されている。これはヨーガの現世功徳の一つであると思う。

そんなもんで、そういう時に限ってニヤニヤしている自分のところに波が来てしまうのである。来た以上は乗るしかないから乗るわけだけど、僕を始め基本的にサーファーは独占欲が強い人種である。すぐに、アイツまた乗りやがって、と思ってしまう。だからこそ気をつけないとすぐにやっかみを買うことになる。

そこらへんをうまくコントロールするのが今年の一つの課題だなぁとか思いつつ、自分がピークにいるとついつい手を出してしまうのだ。

、、、。

かなりオチのない話になってしまったけれど、今年はどれだけニヤニヤRoundをメイクできるものなのか、僕にはプチ悟りで始まった幸先の良い幕開けとなった。

皆さんもいい波で新年を迎えられたと思いますが、今年もどうぞニヤニヤセッション宜しくお願い申し上げます。

Keep surfing and smiling!!




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5/13/2015

やっちまっただ神秘体験

波乗りは神秘体験だ!

とかあまり大きい声で言うと、かなり怪しまれるし、そもそもそんなことを考えながら波乗りしてる人なんてあまりいないだろうし、しまいには宗教臭いとか言われるので、あんまり言わないようにしてるんだけど、本当にそういう体験を味わってるし、僕にはそうだとしか言いようがないので、たまには声を大にして言いたい。それも超をつけて、、、。

Surfing is beyond Mystical experience....!!



まぁ、そんな話は置いといて、、、

昨日はとにかくヤッチマッタダやっちまっただYachimattaDahの一日だった。

一日中、「嗚呼、やっちまったよ」が頭の中を支配して、何をやっても歯車合わず、、、。


きっかけは友達からのメール。

「今日波乗りすかー?すごい読みだね」

背景を話すと、(すごく長くなりますが、、、)

日曜日、彼と話していて、台風来てるから、水曜は仕事調整して波乗りだね。風も南西だし、絶対いいよ。それも今年初の台風だし、やるしかないでしょっ。と僕の読みをお披露目した会話があった。

が、進路からして、完全にハズレの台風のパターン。上陸はダメだ。

だから、返信は、

「のはずだったんだけど、仕事にしちゃったのよ。
コースが良くなかったからさ。多分夕方には無くなるパターンかな。
この季節はこのパターン多いのよ。
次の台風狙いだね」

、、、。

と、このやり取りの後、猛烈に波が気になりだして、見てはいけない波情報をクリック。



30点とかついてるけど、これ、完全にやれるパターン。

読み大ハズレのやっちゃってるパターン。

いつも、サーフィン イズ エブリシングとかカッコイイこと言っといて、あぁ、俺はバカだ。ホントにアホだ。何やってんだ。あり得ないでしょ。なにハズしてんだ。

、、、。

だけど、それが功を奏したのが、俺のやっちまったダー!が巻き込んだのか、引き寄せちゃったのか、会社的にはあってはならないことだけど、自分が段取りした仕事じゃないのに、あれよあれよと歯車が合わなくなって、終いには手詰まりになってやることがなくなってしまった。

材料がないからやりたくてもやりようがない。

ん?待てよ?もしかして?まじで?

一瞬頭をよぎったものの、それはダメダメ!あり得ない。やることはあるハズだから何か見つけてやらないと。

緊急ミーティングするものの、無いもんは無いし、いつもより少し早く終うことになって、電車を調べたら、

なんと、行けんじゃん。

東浪見 18:25着。

家までダッシュで5分。着替えて18:40入水。からの日没後30分1ヒートサーフ。

市ヶ谷から都営新宿線に乗れば、馬喰町から上総一ノ宮行きの快速に乗れる。つーかそれしか方法はない。

時間も間に合うっつーことでテクテク駅に行くと、

じゃーん。東京メトロの市ヶ谷で、都営新宿線は、お堀を渡ったお彼岸。あと2分、信号は赤。

ちーん。オワタ。щ(゚ロ゚щ) オーマイガーッ!!

またしても、やっちまったダー!に頭の中を支配されそうになったけど、ここは絶対に諦める訳にはいかないのだ。

後はJRに最後の望みをかけて、時刻表を調べると、なんと、錦糸町でその快速に追いつけることが判明。でも乗り換え時間1分。

アドレナリン全開の競走馬になって不良もよけちゃうくらいの階段2段飛ばしの猛ダッシュを錦糸町でかまし、ドアが閉じると同時の駆け込み乗車で車掌に車内放送で駆け込み乗車は迷惑なので止めて下さいとアナウンスされたけど、男は見せたった。

I made it !!

田んぼなのに立ち漕ぎで駆け抜けて、全速力でビーチまで走り抜けるとそこには、、、。

すんげーいい波割れてんじゃん!

それからの30分の集中力は言うまでもなく、Only Surfer knows feeling...を満喫しましたとさ。

って、これだけだったら、こんなに書くことでもないし、必要もないし、書かない。まぁ、よくあることかなぁ、みたいな感じ。



日が暮れて、というかすでに暮れてたんだけど、もう一本、次こそ最後と、繰り返しているうちに遂に真っ暗になってきて、周りには誰もいなくなって、波も全く見えなくなってきたところで、ふと水面に目をやると夜光虫に囲まれているのに気がついた。

夜光虫とは、水をかき回して刺激を与えるとホタルのように発光する、発光プランクトンのことだ。

パドルで腕を水に入れるたびに周りはキラキラ光り、手から滴り落ちる水滴もキラキラ光り、ボードの先っぽから自分に向かって流れて来る水もキラキラ光り、ドルフィンスルーで水中で目を開けると目に向かって光りが飛び込んで来て、そのまま空を見上げると星が一面に輝いていて、自分が光の粒子の中に包まれてしまうというキラキラ極楽浄土、いや極楽浄波である。

真っ暗な海の中で独りきり。光の粒子に包まれて波待ちしていると、自分と波とか、自分と海とか、自分と地球とか、それまで対象だったものが、いまや自分は波とひとつ、地球の一部、しまいには宇宙そのものだ!ということが、頭で考える知識ではなくて体験として飛び込んでくる。

その体験は体験であるゆえに言葉で描写することはできない。

だから仏陀は不立文字をたてた。経典を書いたのは弟子達だ。

真理は言葉では説明できない。言葉にした途端に、対立が生まれてしまうから。それは体験によって得るしかない。

そして、そこには何秒何分なんていう人間が決めた時間の尺度はない。科学なんかでは証明できないけど、時間は伸び縮みするし濃くなったり薄くもなる。

家に帰って時計を見ると20時。ということは、小一時間は波にも乗らずに極楽浄波の彼岸に行ってたことになる。

普通だったら、真っ暗で波も見えないのに、小一時間もプカプカ浮かんでるなんてあり得ないけど、ヤッチマッタからの1ヒートサーフからのキラキラ極楽浄波神秘体験ということで、良しとしましょうか。




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4/07/2015

パプア

人生とは旅だ。

よく聞くフレーズだけど、僕にとっては人生そのものである波乗りもヨーガも旅だ。

順番を逆にして、旅とは〜〜だ。と言い変えた時、皆さんは何と言いますか?

自分へのご褒美に2年振りの海外へSURF TRIP。



greeting from the cool soldiers

行き先は、Land of Mystery “パプア ニューギニア (PNG)”

2年前の前回は、 Incredible “インディア”。

ボード担いでバックパック背負って、とりあえずエアアジアで格安チケット探したらコーチン行きだったので、そこからインド入国。

行く予定だったサーフキャンプにインドに着いてから「コーチンから明日そちらに行きたいんですけど、どうやって行けばいいですか?」って電話したらモンスーンでクローズ中、、、。って、マジスカ?、、、どうしよう、、、。どんだけ準備不足なんだ?

っていう行き当たりばったりの、それも奥様と、、、っていう珍道中。

いゃあ、今思い出せばハードだったというか、まぁよくも波乗りやらないうちのプリンセス連れて行ったなっていう、自分でも笑っちゃうくらいのトンデモナイ旅だった。




でもその計画性の無さがたたり一生忘れるのことできない旅になったのだけど。

さて、今回はパプアニューギニア政府観光庁お墨付きのプロサーファー同行ツアー。


http://pngfan.jp/surfing/


PNGサーフィン親善大使で、いつも個人的にもお世話になっている、山田弘一プロと吉川共久プロから何年も前からお誘い頂いていたのになかなか行けず、今年ようやく晴れて参加できたのだ。


at Vanimo airport

今回はツアーということで、貧乏インド旅と違って、宿も飯も交通手段も全てオーガナイズされていて、波があるかないか以外はな〜んの心配も必要ない。

考えてみればツアーで旅に行くなんて高校の修学旅行以来だ。

何より空港に着いてから目的地までの交通手段を探さなくていいこと、宿探しも必要ないこと、バックパーカーの旅でこの2つが最も苦労するところだけれど、それが段取りされているということが、こんなにも気が楽だとは想像をはるかに超えていた。チケットの手配なんかも当然必要ない。そしてその分のエネルギーを波乗りとヨーガに集中できた。


in the blight tropical green...Vanimo surf camp...photo:KO1

前半の1週間は、Vanimoというインドネシア国境近くの町からすぐの村にステイ。

ハリケーンの影響なのか毎日強風に泣かされ、残念なことに目的のライトのブレイクは一度も姿を見せてはくれなかった。


breaks around Vanimo surf camp

とは言っても、たくさんポイントがあり、風の合うブレイクに行けば日本の波情報的評価ならば80〜90点は優につく波がブレイクしている。



dangerous super shallow Yako left....  photo:Yossy

残りの1週間は、Tupiraという田舎の村にステイ。ハリケーンが遠ざかり風も弱まり毎日波乗三昧。


in the morning sun beam.... photo:Yossy

smiles that heal u....so innocent n pure....

後半うねりがピークを越えてからは、明日からサイズダウンするという予報が毎日つづき、それはてーへんだっ!なくなる前にやっとかないと!っつーことでやれる時にやれるだけ入っていたにもかかわらず、波は最終日まで続き、1日たりとも休ませてはくれなかった。


Tavulte 400m left...can't paddle back... photo:Yossy

我が波乗人生で、あそこまで身体がバキバキミシミシギッコギコ言うまでサーフィンしまくったことは思い出すことができない。人間の体も使い古したチャリのチェーンのように、油が切れた状態になるってことを知って驚いた。




旅の目的は波乗り。言うまでもない。

とはいっても、波が無ければ波乗りはできないわけだから、トリップに行っても波乗りできない可能性はとても高い。そればっかりはどうしようもない。

スーパーヨギーになって、神通力を使いこなせられればいとも簡単に波なんて起こせるだろうけれど、その前にもしスーパーヨギーであれば、「自分がいい波に乗りたいから」なんて理由でそんなことに神通力を使おうなどとはそもそも思わないだろうから、やっぱり波が無ければ雪の無いスキーヤー、山の無いクライマーと同じなのだ。波が無いその現実を受け入れるしかない。

さて、今回のPNG surf trip。幸運なことにもピッタリのタイミングでエクセレントな波に当たった。1週間早ければストーミーでダメ、遅ければ無くなった後でダメ。Tupiraは1日もズレることなくストーミーとフラットの間の1週間だった。これはただラッキーというよりは奇跡的なことが起こったに違いないと思っている。

good waves and wonderful friends at Tupira...photo:Yossy

旅というのは未知との遭遇だ。

普段の生活から抜け出して、非日常を体験することになる。

そこで日常的に体験できないことや、初めて直面する現実を目の当たりにした時に、普段夢にも思わないようなことや、今までそんなことを考えたこともなかったようなことが、頭の中に浮かんでくる。


それにどう感じてどう反応してどう捉えてどう解釈してどう納得するのか、、、。その自分の心の動きを観るのが僕は好きなのだ。

それは僕が旅をしていることを実感する瞬間のひとつ。

だからピンチになればなるほど、日常生活と距離的にも文化的にも風習的にも人種も言葉もかけ離れていればいるほど、怖い反面テンションはうなぎ登り。

まぁ今回はツアーだから、バックパッカーの旅みたいな興奮やヒヤヒヤ感はないでしょ、、、と高をくくっていた僕は、この旅が思いもよらない貴重な体験をさせてくれる旅になろうとは微塵だに想像していなかった。

気にしていたのは、波があるかないかそれだけ、、、。


電気も水道もガスも携帯もパソコンも無く、その日食べる分の魚や野菜を取って、日の出と共に起き日の入りと共に床に入る、スーパーシンプルライフ。

でも、そんな生活をしている人たちが見せる笑顔や仕草や振る舞いに、あんなに胸キュンするなんて全く心の準備をしていなかった。


もはやキュンどころではなく、ぎゅっと鷲づかみにされて締めつけられると言った方がいいかもしれない。

現地の人たちが素晴らしいとか、フレンドリーだとか、子供が可愛いとかいうのは話には聞いていたし予想もしていた。

でも、やはりその場の空気を吸って接して体験するしか伝わってこないことがある。

物質的には何の不自由もなく、逆に有り余って毎日膨大な量の家庭ゴミや粗大ゴミや産業廃棄物がそこかしこで排出され、食品廃棄物は毎年1700万トン、1日当り4万5千トンにのぼり、世界一を誇る経済大国にっぽん。

その反面、約40人に1人、合計320万人が精神病患者。さらに毎日約80人、年間3万人が自殺し、自殺率は世界で第3位。

これは明らかに精神と物質のバランスが物質に偏っていることの証明だ。

Tokyo concrete jangle
 
パプアの子供たちが見せてくれた笑顔、子供たちだけではなく大人も恥じらいながらも笑顔で話しかけてくる。

日本ではあまりお目にかからない、混じりっけのないピュアでイノセントで、何かこうハッとさせられるような笑顔だ。

お金や物や名誉や権力が、人の心を真の幸せに満たすことはできないと、みんな心のどこかで分かっているにもかかわらず、人類全体の意識が物質の方に向かっている真っ只中にいると、それを求めなければいけない、それが必要だという錯覚に陥ってしまう。

本当の金持ちを知りたければ貧乏の底の底を経験しなければいけないし、本当に満腹感を得たければ飢えを知らなければいけない。最高の快感を知るには究極の苦しみを味わなければ分からない。

だけど周りを見渡すと、そういう苦しみや辛さは避けて、より楽に便利に簡単に、をテーマに人々は右往左往しているようにしか見えない。

そしてその結果、苦労や苦痛に耐える力は衰え、さっき言った精神的に病弱な人間社会を作りだしてしまっているのではないだろうか。耐えることができない。


「Keep It Simple Stupid!!」

サーフィンフォトグラファーの巨匠、Dick Hooleさんから頂いたこの言葉。

Dickさんが、「カオル、全ては“KISS Theory”だ。無駄を省いて馬鹿げてるくらいシンプルにしろ」と何度も何度も繰り返していたこの言葉。

in front of my desk
僕の頭の片隅には常にこの言葉がある。

どうしてもあれもやった方が良い、こうした方がカッコいいとか、ついつい色々と付け足したくなって最後には膨れ上がってしまう。

そして一度付け足してしまうと、そこから削ぎ落としていくのはとても難しい。

でもシンプルなものを創り出す為にはその過程が必要なのかもしれない。

例えば、パプアはその自然のままが良い、シンプルな営みが良いと言って、ローカルの人にそれをいくら説明しても、理解してもらうのは難しいと思われる。

ほとんど人は電気のある生活の方が良いと思うだろうし、お金も車も欲しいだろうと思う。

それは、僕のような物質の溢れる世界に産まれ育って、精神的ダメージを受けて、身をもってお金や物質的なものを求めることによっては、心の安らぎは得られないという経験のプロセスを経た後に初めて、シンプルな生活の中にシャンティを見いだせると感じるようになるのかもしれない。(それが良い悪いではなくて、あくまでも僕個人の意見なので、悪しからず、、、。)

まぁ、精神性の高い目ざとい人はそんなこと経験しなくても分るだろうけど、、、。

誰も生まれてくる場所を選ぶことはできない。それは過去から延々とぶっ続けで繋がっている様々な因縁によりどうしようもない。避けることはできない。

そこには日本に生まれてきた意味がある。

ハワイやオーストラリアに移住したいとか、日本を抜け出したいとか思っても、そうなっていないということ、そうはさせてくれない何かやしがらみがあるということは、現時点での僕には何か日本でやらなければいけないこと、片付けなければいけないことがあるのだろう。

オージーやハワイアンと自分を比較して羨ましがるのではなくて、運命だからしょうがないと悲観的になるのではなくて、その現実を真っ正面から受け止めて、今自分のやるべきことをコツコツとやっていく。急がば回れ。

そこに僕の人生の最大のテーマであり、この人生の全てかけて実現させなければいけない「365日 波乗りだけ」という、究極のシンプルライフが、現実味を帯びてくるのかもしれない。もしかすると来世に持ち越しかもしれないけど、そんなことは言ってられない。みんなは笑うかもしれないけど、やるしかないのだ。


と、まあ、すごい話の飛び方をしましたが、、、ここら辺でやめときましょう、、、。

で、話しを出だしに戻すと、旅とは僕にとっては、自分を知るためのツールだなと、自然も人間もありのままのパプアから、宇宙ステーション成田空港へ戻り、帰路の電車の中で改めて思ったのでありますた。

さて次は、どんな旅が待ち受けているのでしょう。



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2/28/2015

現実即理想


細かく突き詰めていけば、この一瞬一瞬の行動や選択、何を思うかによって、自分の未来は常に変わって行くわけだけど、その後の人生がそれまでとは全く違う方向に向かって動き出した転機が何回かある。

その中でも、one of the biggest と言えるのは、やはりあの島での2年半に亘る波乗修行生活と、そこでの師匠との出会いだろうと思う。それが無かったら今の自分というものは存在しないと断言できる。

先週その島に4年振りに行って来た。



低気圧が来るタイミングに合わせて仕事を調整するのが上手くいかず、2ヶ月程待たされたけれど、「ここだ!このタイミングしかねー!」とばっちりハマった一週間になった。

島行きを決めた日に、これまた偶然なのか必然なのか、島にいた頃にずっと一緒だったバディーから電話があり、その週末にウェディングパーティーをやるから、と言うではないか。

こんなにも上手く物事がかみ合うものなのか。あまりにも吉兆な出来事に遠足の前夜の子供のように、胸の高まりはとどまることを知らずなかなか寝付けなかった。

それも船旅。最近就航した新しい旅客船、橘丸だ。





早朝4:30頃アナウンスで目が覚めてまず最初の島に到着。考えてみれば最後に船に乗ったのは、その島が噴火してガスマスクが無いと上陸できない、という時だった。もう10年くらい経つだろうか。

時化によりイルカで有名な次の島には着岸できずに欠航が決定。船は待ちに待った最終目的地 Tacos Island へと航路を進んで行った。

video


その島が近づくにつれ沢山の思い出が頭の中を巡り出し、つかの間のノスタルジックなひとときを誰もいない甲板でゆっくり味わうことができた。

この旅は、もちろん波乗りがメインだけれど、師匠に会いに行くというのもこの旅の大きな目的だ。



それは楽しみであると同時に、緊張を伴う。

その緊張は、決していやな感じのナーバスというようなものではなく、その緊張により自分の精神が引き上げられて、普段は引き出されることのない能力が顔を出すような、自分にこんな能力があったのかと思わさせられるような、何かこうクリエイティブな緊張感と言える。

そして、もうひとつ。それが目的という言葉に当てはまるかどうか分からないけれど、今の自分のルーツがあるこの島で、当時を振り返り、過去の自分と現在の自分の意識を繋ぎ、それを未来の自分へと拡げていく、ということをやりたかったのだ。

普段のせわしない生活の中にいると、なかなか自分と向き合う時間がなく、自分の立ち位置を見失ってしまうことがよくある。

目を瞑って当時の自分に意識を持っていくと、やはりその場にいるだけあって、すっかり忘れていたようなことが、目まぐるしく浮かんで来る。

師匠の住む“波浪庵”に初めて訪れた時のこと、その後数ヶ月に一回程度ではあるが、何かと言い訳をつけて波浪庵に説法を聴きに度々訪ねに行ったこと、忘れることができない強烈に記憶に焼きつけられた極上の波の日、島を引き上げてインドに修行に行くと決めた時のこと、、、。



挙げればキリがないけれど、その頃を思い出してみると、当時夢にも思い描くことができなかった自分というものが、今ここに確実に存在している。

それはそれは摩訶不思議な感覚だ。

自分であるのに実態が無いというか、同じ自分であることは確かなのに、如何にもこうにも掴みどころが無いというか、果たしてどの自分が本当の自分なのか、、、

それがまた面白い。

よく5年計画とか10年計画とかを耳にするけれど、考えてみれば5年も前に立てた古くなった計画にしがみついて、それに基づいて行動するなんてつまらなすぎる。

何が起こるか分からないから、そのプロセスを楽しめるわけで、結果を先に立ててそれに突進して行くなんてことは、僕にとっては映画の結末を知っていながら知らないフリをして見ているようなものだ。平凡過ぎて刺激がなさすぎる。

当時、インドから帰って来て、この先の人生をどう歩んでいくか、どうしたらいいのか皆目見当がつかなかった。島に戻らないとは決めてはいたものの、どこに住むか、仕事はどうするのか、暗中模索状態だった。

そしてその時ここ東浪見のGREEN ROOF SURF ASHRAMにいた師に帰国の挨拶をしに行ったのが、なんとそのまま今に至っている。そして、現在の自分の姿というものは、当時思い描いていた未来像とは全く別のものになっている。

でも、それでいいのだ。というか、それがいいのだ。

以前は、物事が思い通りにならずに、理想と現実の間で大分苦しんものだけど、今のこの状態は様々な因縁によってそうなるべくしてなっているということ、そしてそれは避けられないということが、様々な体験を通じて最近少しづつ解ってきた。

そうすると、思い通りにならなかった時に、その現実を受け入れる余裕が出てきて、臨機応変にそこから新しい自分の未来像というものを描けるようになるのだ、ということに気がついた。

毎年1回は必ず帰っていたこの島に、4年も行けなかったというのは、それほど自分の身の回りで様々な事が起きていたということだと思う。

今 思えば、何でそんなことで悩んじゃうの?というようなことで頭を悩ませていたのが不思議だけれど、去年の前半は今までの人生でも稀にみる精神的苦悩に翻弄 され、それこそ人生お先真っ暗状態に陥っていたのが、後半からアレヨアレヨと思いもしなかったようなことが起こり出し、それがこの先の将来どう繋がってい くのか、否、繋げていけばいいのか、今は精神的余裕も生まれ、楽しみで仕方がない。

だからこのタイミングで島に行くことができたのだろう。




今の自分の立ち位置というものを再確認できたし、それを踏まえて自分のやるべきことが見えてきた。

波乗陀仏がいつもいうように、

「現実即理想、理想即現実 」

どこまで本気でそれを思えるか。





どう思うかは自分次第。それによって同じ局面に直面していても、まるで違う世界が展開して行くということ、それがほんの少しだけ解ってきたような、この先どうなるか全く予想ができないことが実は本当に美しい景色を見せてくれるということ、そしてそれを楽しめるということがそれこそ幸せな奴だということだと、改めて実感したトリップになった。

 
Photo from 西浜物語







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1/31/2015

怪談

久しぶりの感想文。

「怪談」

小泉八雲(=ラフカディオ・ハーン) 


http://www.amazon.co.jp/%E6%80%AA%E8%AB%87%E2%80%95%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%81%A8%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3-%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA/dp/4003224418/ref=sr_1_18?s=books&ie=UTF8&qid=1422688273&sr=1-18&keywords=%E6%80%AA%E8%AB%87%E3%80%80%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2


これは小泉八雲が、日本に古くから伝わる物語りに少しストーリーを加えて書いた物語り達だ。

各ストーリーはとても短いけれど、表現とストーリーの展開が美しくて、「怪談」というイメージからは到底想像がつかない感動的な結末が各ストーリーに待ち受けている。

正直、臆病者の僕はホラー系の怖い話しはあまり好きではないので、それで「怪談」と聞いたイメージで、日本の幽霊話しは怖い、という先入観があり、本棚にずっとあったのに手に取らなかったのだ。

どうやら僕は書くのが好きらしい。絵は下手、楽器も音感無し、歌は音痴と、どれをやっても続けられないのだけれど、書くことに関しては、子供の頃から好きだった気がする。

先日実家に戻った時に、小学生の4、5年生の頃の夏休みの作文が出てきた。小学生にしては長いと思われる原稿用紙4枚。

読んでみると、記憶の片隅にも残ってなくて、これ俺が書いたの?みたいな感じだけれど、それがなかなか読ませるのだ。ヘェ〜、そんな事あったんだぁ、みたいな。

だから、こういう美しい物語りを読むとすぐ感動してしまう。こんなの俺には到底書けないなぁ、羨ましい〜、と思うと同時に、文章が持つ魅力と人を感動させる力に参ってしまう。いい波の乗るのと同じように、気持ちよく読みすすんでしまった。

古代から伝わる日本の物語。それを読んでまず最初に受けた印象は、昔の人達は目に見えないものに対してとても敏感だった、ということだ。

直感で生きていて、感覚的、本能的な感じ。

目に見えるものと、見えないもの。

今、僕たちが生きているこの時代は、科学に基づいた教育というものを子供の頃から学校で叩き込まれているので、目に見えないものや、今の科学で証明できないものに対して、拒絶反応つまり信じられないということを起こしてしまう。

裁判で、地動説を唱えることを禁止された時の、 

それでも地球は回っているという呟きが伝説になっているガリレオ。

当時は、地球の周りを天体が回っていると信じられていた。「地球が回っている」と言っただけで裁判にかけられてしまう時代。


参考までに以下、ウィキペディアから
蛇足ではあるが、ローマ教皇庁ならびにカトリックが正式に天動説を放棄し、地動説を承認したのは、1992年の事である。しかも、それはガリレオ裁判が誤りであったことを認め、ガリレオの異端決議を解く際の補則、という形での表明であった。ガリレオの死から359年が経過していた。
2014年、アメリカ科学振興協会は、アメリカ人の約4人に1人は、いまだ地球が太陽の周りを公転していることを知らないという結果を公表している[7]



、、、。 

科学は新しい発見がある度に、常に答えが変わっていくものだ。今まで信じていたものが嘘だったということになってしまう。

それを「真実」ということはできない。

だから、科学を信じ過ぎるのは非常に危ない。原子力なんてモロそのいい典型。安全だって教えて、信じて、爆発したら「想定外」、、、。

過去100年間、人類の物質的な成長は、人類の歴史には例が無いほどの超高速スピードで突き進んできた。今もなお加速中だ。

目に見えるものと見えないもののバランス。

それは例えば、僕たち人間でいえば、肉体と精神。この目に見える肉体に見ることのできないけど確実に存在している精神、または意識というものがなければ、その肉体は生きているとは言わない。

さらに、人間社会に当てはめてみると、現在の状況は、物質的なものにバランスが偏って、精神的な部分がとても軽くなってしまっている。

だから、こんなに何でも揃っていて世界の先陣を切っている日本において、毎日75人以上の人が自殺している。

これは、まさに精神面での枯渇であり、完全な饑餓状態に陥ってしまっている。

毎朝の通勤ラッシュの電車の中で、目が生き生きしている人を見かけることはほとんどない。みんなどんよりしていて、いい大人が喧嘩しているのをよく見かける。

その点幸せにも僕には波乗りとヨーガという二本立てがあるので、精神的に病むということは余程のことがない限りあまり経験がしたことがない。

でも、この社会的に非生産的な波乗りとヨーガが生活の中での最優先事項になってしまうおかげで、毎日の生活の大半が仕事にしめられている人に比べると裕福ではないけれど、いい波に乗れてとても幸せなのだ。

「怪談」を読んで、こんなところにまで思考が飛ぶとは思わなかったけど、今にはない昔の人の純粋な姿を羨ましく思いながら、怪談とはほど遠い意外な結末が嬉しくて、時には感動させられながら、自分ももっとピュアに、そういう目に見えない不思議な縁や引き寄せる力にもっと敏感になって、これからも人生を愉しんでいきたいなぁ、と思います。


ちなみに僕のおすすめは、
「おしどり」
「うばざくら」
「雪おんな」
「青柳ものがたり」
「蟻」
この最後の「蟻」は物語ではないのだけれど、蟻の社会と人間の社会を比べながら、とても深く考察されていて、その発想の観点や論旨がとても興味深かった。

ここところの厳しい寒波で、これ以上背筋がこごえることはなさそうだけど、、、もしお時間あればお読み下さい〜。






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1/22/2015

『 ロング熱 』

去年の夏、代々木公園での反原発デモを封鎖する為に政府が流行らせた?というのがもはや通説となっている

『 デング熱 』。

ではなくて、、、。
 

実は、それと時を同じくして私の波乗人生を根底から覆す出来事が起こった。

『 ロング熱 』

う、つまりロングボードとの出逢いである。



波に乗るという魂を揺さぶる行為に出逢い、波乗中毒に感染してからちょうど20ずーっとショートボードばかりやってきた。
 

色んな板が好きで、シングルもけっこうやるし、ツインもクワッドもそれぞれの乗り心地は全く違う乗り物だ。 全部好きだ。
 

そしてその出逢いは向こうからやって来た。
 

この宇宙の始まりは一つの波だった。それは「原始重力波」と言われている。
 

ということはつまり、この宇宙に存在する全てのものは「波」であるともいえる。
 

私たちも、人間として、一つの波としてこのにやって来て、やがては去って行く。次に地球に生まれるとは限らない。
 

自分を宇宙の中心とすると、全てのものは波として向こうからやって来る。

出逢いもインスピレーションもチャンスも音も光も痛みも喜びも、、、全て。

そしてそれを見つけて捉えることができるか、見過ごすかは、その時の自分の能力次第とも言えるし、かりに見つけられなかったとしても、それはそういう時節ではなかっただけのこと。またの機会に違う形でやって来る、かもしれないし来ないかもしれない。

そうなるべくしてなっているだけの話。

ロングボードもそうだった。友達から使っていないロングボードがうちにやって来てから、しばらくは乗らずに置いてあった。今考えればもったいない。



去年の夏は波が本当に無かった。これはいいチャンスとばかりに始めてみると、全く乗れない。板が動かない。コケまくる。それも恥ずかしい格好で、、、

そこで火がついた。これは悔しすぎる。何で乗れねんだ

まるで初心者と同じフィーリング。一本波に乗る度に新しい発見と興奮と学びがあり、乗れば乗るほどのめり込んでいって、気持ちが抑えられないくらいに愛が深まっていくような、初恋に落ちた時のようなときめく気持ち。

それは半年経った今でも変わらない。ますます好きになっていく。この歳になってこんな気持ちを味わえるなんてなんて幸せ者なんだ。

夜寝る前、翌朝の朝一番の波に乗っているところを想像するとドキドキしてけず、見る夢と言えば、もちろんロングボードに乗っている自分。それも今までできなかったことがいとも簡単にできている。

ショートボードでは得られないあの重量感のあるスピード。ショートボードでは絶対に行けないところを抜けていくと、そこにはショートボードでは今まで一度も見たことのなかった光景と感触と経験と感動が待ち受けている。


同じ波に乗るという行為が、板の長さが変わっただけで、ここまで変わるものなのか、、、

かといって、ショートボードに乗る気がなくなったのかと言えば、全くそんなことはなく、逆に今まで以上に目の前のリップに思いっきりボトムで溜め込んだパワーを当て込みたい欲望でいっぱいなのである。

それも最近、師匠の波乗陀仏から親授された、夢のサーフボード、TRUE SURFBOARDS の Chumi Fish によって、僕の中のショートボード熱もますます加熱中である



これは二股をかけて両方失ってしまうような俗な話ではなく、、、ショートもロングもサーフィン全体の中の一部分であり、ショートで培った速くて過激な動きとロングでの大きいラインのアプローチを融合させることにより、波乗りの幅が格段と拡がり、ネクストステージへと向上するために、神様が20年目にしてプレゼントしてくれたのかもしれない。

ここまで愉しいと不思議なもので、普通であればこの体験の感動をみんなに教えてあげたいとかシェアしたいとか思うのかといえば全くそうではなく、これは誰にも教えたくない自分だけの秘密にしておきたいとまで考えてしまう。

そんなやつになる前に、この『ロング熱 』に感染してしまったことを告白しようと思いたったのだ。


さて、今から北に行くか南に下るか、、、。ショートにするかロングにするか、、、。贅沢な悩みを抱えながら支度でも始めますね。

こんなに低気圧に囲まれちゃって、どうしましょう、、、。





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