先日の東浪見駅連続チャリ盗難事件。
どんな事が起きても動じない強いメンタルを鍛える為に日々修行だとか言っても、真夜中の無人駅に降りて、そこにあるはずのチャリが無いくらいで軽くパニックに襲われているようじゃまだまだである。
おそらく通算10回は下らないこの東浪見駅チャリ盗難事件、、、。それもこの度は1カ月に2回目というかなりの短期間だ。
もちろん盗んだ奴が良くないのは当たり前だけど、インドなどを旅するうちに僕はいつしか盗まれる方も同じくらい悪いと思うようになった。
泥棒に盗ませる機会を与えてしまう、つまりバッドなカルマ、業を積ませてしまうこちら側にもかなりの落ち度があると思っている。
だからいつもはチェーンを鉄パイプに引っ掛けて施錠してるのが、この日は何故かタイヤにかけただけだった。10回も盗まれてるとそれが習慣になっているはすが、本当にその日は何故か、鉄パイプにかけなくて大丈夫かなと頭に思いがよぎったにも関わらず、土曜日だし人の出入りもあるだろうしっていう意味不明な理由でかけなかったが最後、見事にパクられた。
東浪見駅は昼間は1時間に1本しか電車が無いので人気が全く無い駅なのだ。
北風が心の中まで吹きすさむ夜中の田んぼ道をテクテク歩きながら、チャリを盗まれる度に必ず思い出される例の事件に思いを馳せながら帰路に着くことなる。そして今後も盗まれる度にその事が思い出されるのであろう。
その事件とは水平器盗難事件のことだ。盗まれたんじゃなくて、僕が万引きしたのだ。ガキの頃、何故か水平器。今やどこのホームセンターだったか記憶にも無いけれど、覚えていれば謝りに行きたい気持ちで一杯だ。
因果の法則。この宇宙を司っている万法なわけだけど、自分のしたことは寸分の狂いなく自分に返って来るということ。
誰であろうと関係ない。過去生とか現世とか来世とか分け隔てなくぶっ続けで当てはまり、これから逃れることはあり得ない。
そういう意味でこの宇宙は全ての人間(にかかわらず全て)に対して平等なのだ。
今の自分の姿は自分の過去の行いが顕現したものだから、どんなに最悪の事態が襲って来ようが不幸のどん底だろうが、人のせいにすることはできない。
つまりそいつに数あるチャリの中から僕のチャリを盗ませたのは、複雑に絡み合った遠い過去からの因縁がそうさせたのだ。
水平器が寸分の狂いなく水平を示すように、カルマの法則によって自分の行いはカタチは変われど、時間がいくら経とうが、必ず自分に返って来る。
そう考えると、チャリを盗んだ奴にもそれ相応の結果が返っていく訳だし、それを思うと申し訳ない気持ちでやるせなくなると同時に、改めてカルマの法則を北風小僧を引き連れて身にしみて体験する機会を与えてくれたことに、終いには感謝の念すら湧いてくる。
ただ最も難しいのが、カルマヨーガの最大のテーマである「見返りを求めない」ということであり、良い事をしたから良い事が返って来るから良い事をしようと思って良い事をしているうちは、まだまだ良い事をしている事にはならない。
その卑しい気持ちが無くて微塵にもそんな事を思わないで勝手に良い事をしていた、というようになって初めて大人の一歩を踏み出したことになるのだ。
まだまだ先は長いですなぁ〜、、、。
あと何回チャリを盗まれことになるのやら、、、。
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